スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

櫻の思ひで

4月7日 父親が亡くなりました。

享年80歳でした。

3月17日 父親が散歩中に倒れて、救急車で掛かり付けの病院に搬送されました。
末期の肝臓がんでした。

仕事の都合で、私が病院を訪れたのは週末になりました。
病院で初めて見た父親は、非常に弱々しく見えましたが、
表情は豊で、まだ生きたいという気持ちが感じ取れました。

3月27日で仕事の契約が終了し、翌日の早朝に自宅に戻りました。
一週間前には笑顔で手を振ってくれた父親でしたが、
全く表情が無くなっていました。

僅かに、私の言っていることに反応するだけの状態でした。

3月28日 天気が良かったので、嫌がる父親を車椅子に乗せて
花見に出かけました。
と言っても、既に車に乗れる状態ではなかったので、
病院から車椅子で廻れる範囲に限られます。

DSC_140328_0020_800.jpg

DSC_140328_0022_800.jpg

DSC_140328_0021_800.jpg

平野神社は、まだ櫻には早く肌寒かったですね。

この日から、母親と二人で父親に付き添う日々が始まりました。
お医者さまからは、「いつその時が来てもおかしくありません、覚悟をしておいてください。」と
言われていましたので、電話が鳴るだけでドキドキする、そんな不安な日々でした。

昨日できていたことが、今日はできない。
ひとつずつ、父親にできないことが増えていきます。

病魔は確実に父親を蝕んでいきました。

毎日、午後から病院へ行き、夜に帰宅する。
特に何をするでも無いのですが、看病する私達も疲労が蓄積されていきます。

4月6日 既に昏睡状態の父親でしたが、非常に息苦しいように見受けられます。
誰が見ても尋常な状態ではありません。
母親と相談して、その晩は病室に泊まることにしました。

翌朝、父親は眠るように亡くなりました。

最後まで、痛いとか苦しいとか、家族に心配させる言葉は一言も発せず。
立派な父親だったと思います。

私は、何ひとつ親孝行をしてあげられませんでした。
最低の息子だと思います。



哀しんでいる暇もなく、喪主である私は葬儀に追われました。
両親の希望で、親族6人だけの家族葬になりました。

DSC_140328_0147_800.jpg

娘が寄せ書きに絵を書いてくれました。
旅行好きだった父親にお似合いの絵です。

4月9日 告別式。

霊柩車が東山通りから蹴上の運河沿いを走ります。
平安神宮前、動物園前 満開の櫻の中、父親が通って行きます。

まるで天国に向かう路のように、満開の櫻が霊柩車を包み込みます。

DSC_140328_0122_800.jpg

DSC_140328_0108_800.jpg

DSC_140328_0107_800.jpg

DSC_140328_0163_800.jpg

この櫻は、後日私が植物園で撮影したものです。
私は、この歳まで櫻をゆっくり眺めたことがありませんでした。

いいもんですね、櫻って。

「雲ひとつ無い春風の空、香る風に散る櫻の儚さよ」

おとうちゃん、ありがとう。
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。